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幻のミリオン・ダラー・セッション
エルヴイス・プレスリー、カール・パーキンス、ジェリー・リー・ルイス |
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- 1935年、南部ミシシッピー州に生れた偉大なロカビリー・スター、エルヴィス・プレスリーは、サン・レコードを起した敏腕プロデューサー、サム・フィリップスによって認められ、同レーベルにブラック溢れる数々の50年代ニューミュージック=ロカビリーを録音した。その代表作は「ミステリー・トレイン」、「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」そして「サッツ・オール・ライト」。そしてRCAヴィクターに移籍、またまたヒット曲を連続して放つ。「ラヴ・ミー・テンダー」、「ハートブレイク・ホテル」「冷たくしないで」、「ハウンド・ドック」、「アイ・ウォント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラヴ・ユー」を次々とヒットさせ、世界中をロカビリー=ロックン・ロール・ブームに仕立てた張本人こそが正にエルヴィスだった。
1977年このエルヴィスが42才という若さで突然急死。世界中のエルヴィス・ファン、ロカビリー・ファンを奈落の底におとしたこの大ニュースの直後、今度はその逆に世界のロカビリー・ファン、工ルヴィス・ファンを狂喜させるニュースが報じられたのだった。
- 1956年12月、メンフィス・サン・レコードでエルヴィス・プレスリー、カール・パーキンス、ジェリー・リー・ルイス、ジョニー・キャッシュらの4人によって演じられたセッション・テープが発見された、とエルヴィスの急死の直後発表されたから、米音楽業界誌や音楽ジャーナリストらは驚いた。このセッション・グループは“ミリオン・ダラー・カルテット と名付けられた。このビッグ・ニュースを発表したのがシェルビー・シングルトンという人物だった。彼は1969年、サン・レコードのマスター・テープとサンの商標をサン設立者のサム・フィリップスから買収した人物であった。70年代シェルピーは、サンの遺産であるサン・ロカビリーの古典を復刻盤にして発売、世界の熱心なロカビリー・ファンを大いに喜ばしてくれたものだった。
しかし、エルヴィス・プレスリーのサン録音権を移籍後すべてを獲得したRCAヴィクター社は、このセッション・テープのレコード化にクレームをつけた。また残念にもセッション・ワークを演じたエルヴィスは、当然R
C A専属下の歌手でもあったのだ。レコード化は難しくなった。シングルトンはエルヴィスがプライぺー卜・タイムに、カール、ジェリー、ジョニーと遊んだもので、それを録音したのがサム・フィリップス、それを買ったのがこの俺である、と主張した。結果は散々で、とうとう78年には発売されるハズだったこの“幻のミリオン・ダラー・カルテット”盤は陽の目を見ないでニュース先行という話題だけでいつの間にか人々から忘れられてしまった。そんな経過から数年たって、ビッグ・ニュースは81年春イギリスから流れてきた!!
- イギリスは昔からロカビリーが盛んな国である。それを充分に意識して、サンの権利を得たチャーリー社は意欲的にアメリカン・ロックン・ロールのルーツ遺産である“サン・ロカビリー を次々と発売していた言わばイギリスの良心レーベルだった。エルヴィスの死後4年、つまり”ミリオン・ダラー・カルテット”アルバム発売か?と発表されて4年も経って、81年にやっとこの貴重なセッション・テープはイギリス盤として陽の目をみたのだった。世界中をアッと言わせたアルバムは30分余りのもので17曲が歌われていた。
さて、本CDはそれよりも中味の濃いアルバムで、81年に“ミリオン・ダラー・カルテット” と題されたものから変って“ミリオン・ダラー・セッション”となったもので、6年後の1987年に新たに発見されたレアーなテープを追加したものである。まず曲数は40曲となり、23曲もの未発表テイクがここで聴かれ、我々ファンを大いに興奮させてくれる。
RCA在籍のエルヴィス・プレスリー(当時21才)がぶらりサン・スタジオに寄ったことからこのテープの歴史が初まった。カール・パーキンス(当時24才)は、新曲「マッチ・ボックス」を友人ジェリー・リー・ルイス(当時21才)のピアノ参加で録音した直後で、二人はリハーサル・テープをサン・スタジオで聴いていたというのだ。一方ジョニー・キャッシュ(当時24才)は、エルヴィス同様ぶらり、サン・スタジオに寄り遊んでいたというのだ。
- 工ルヴィスはクリスマス休暇でナッシュヴィルからメンフィスの自宅にもどり、恩人サム・フィリップスと逢い、サン時代の友人、そして当時のロカビリー・シーンのライヴァルでもあるカール・パーキンスを訪ねた事から、この4人の偶然とも言える出逢いが初まった。まずカール・パーキンスが工ルヴィスにジェリー・リーとジョニーを紹介して雑談を交わす。話しがはずんで、エルヴィスはピアノ弾き語りで歌い出した。そして4人のセッションが初まったという。このシーンを見ていたサム・フィリップスは、メンフィスの地元紙『メンフィス・プレス・シミッター』社に連絡をとり、この光景を取材してもらうよう要請した。やってきたのが、音楽コラムニストのロバート・ジョンスン、カメラマンのジョージ・ピアス。敏腕プロデューサーとして名高いサム・フィリップスがこの貴重なセッションを見逃す事はなく、テープを廻していたのは言うまでもないだろう。
エルヴィスを囲んでの記念撮影、そして4人のセッションは2曲だった、という説がある。ジョニー・キャッシュはエルヴィスと2曲歌った後に買物に出かけてしまったのだ。と、言う事でこのセッションを正確に伝えると、エルヴイス、カール、ジェリーの3人による”ミリオン・ダラー・セッション”だったのである。旧盤(ミリオン・ダラー・カルテット)では冒頭に「ジャスト・リトル・トーク・ウィズ・ジーザス」というゴスペル曲から初まっている。工ルヴィスのリード、ジェリー・リーとカールのゴスペル・ハーモニーからのこの曲、正に見事なアドリブ・ゴスペル・トリオだった。が、本CDは超レアーな未発表曲(@Aから初まり聴き手に新しいショックを与えてくれる。恐らくエルヴィス自身の生ギター弾き語りだろう。C〜Kまでは、ゴスペルの名曲が次々と登場してくる凄い内容だ!!!リード・ギターはカール・パーキンス。マール・トラヴィスばりのツウ・フィンガー・スタイルをこのカールが演じている。バックはカールのバンド・メンバーだという。
おっとGは、テキサス・ホンキー・トンクの王者アーネスト・タブの作品である。何とハンク・スノウ風に歌うエルヴィス、物真似も達者だったのだ。L−Oはエルヴィス初期のアイドル、ブルーグラスを創ったビル・モンロウのヒット曲だ。Pはスリム・ホイットマンのカントリー・ヒット曲だったと思う。Qは、これもカントリーの大スター、レイ・プライスのヒット曲だった。Rでエルヴィス、またギターのみでロカビリー・ビートを意識してハード&ワイルドにカツコよくきめる。
S〜40は、旧盤には無かった新しく再発見された未発表テープからの強力な音源であるのだ。Sと22とほんの少しながら、このエルヴィスとカール、ジェリーらは、かのブラック・ロックン・ロールの雄、チャック・ベリーの作品をワイワイ騒ぎながらエルヴィスのギター伴奏で遊んでいるのだ。23.24.25は御存知RCA移籍後の大ヒット曲を得意げに三回も歌っている。最初のセッションはジェリー・リーのピアノ、カールのギター、そしてカールのバンドの連中がパック・アップしているそれはそれは豪華なもので、ロックン・口ール史上極めて貴重な大発見!!と言っても過言ではないであろう。27は有名がな「埴生の宿」だ。このミリオン・ダラー・セッションのハイライトとも思えるこの曲、エルヴィスは乗りに乗りスウィングして歌う。ジェリーのピアノも軽やか、注目ものはカール・パーキンスがリード・ギターを、それもロカビリー・ギターの原点でもあるマール・トラヴィス=チェット・アトキンス=ギャロツピン・ギター奏法を見事に聴かせてくれる点だ。
後半30辺りから、エルヴィスは再びアコースティック・ギターのみで数曲歌ってくれる。その30はカントリー・スター、ファロン・ヤングのヒット曲だ。34もハンク・スノウのヒット曲。35は再び「クレイジー・アームス」を歌うエルヴィスだが、もうお別れの時間でマイクから離れてしまったため、ジェリー・リー・ルイスのピアノだけがよく聴えてくる。
ラスト40まではジェリーの独演会だった。象徴的なのは39。カントリー大御所のジーン・オートリーのヒット曲をタイトルの如く、エルヴィスを讃えて歌ってみせる。
23曲もの未発表テープを含んだ本邦初の“幻のミリオン・ダラー・セッションは、なかば伝説化されつつある真のすがたが、それもほぼ全貌が聴けるアルバムとして、きっと後世に語りつがれるものである。
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